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やさしい侍~二重虹~

  • sakae23
  • 2025年6月29日
  • 読了時間: 21分

更新日:2025年12月29日

 与八はこれは絶対にあたると言う。「正本製(しょうほんじたて)」人気が少しばかり下火になったのを受けて次の長編について提案してきたのだ。


「先生、ひとつ考えちゃあもらえませんかね。必ず評判をとってみせますから」


酒の席でのことではあるが彦四郎は少なからず興味を持った。

「源氏か……面白いやもしれぬ」

彦四郎の頭の中には光源氏に相当する人物が朧にではあるが浮んでいた。  このごろ江戸では黄表紙に変る合巻が持てはやされ、草紙屋は貸本屋と手を携え始めていた。絵草紙は一度あたりを取ると貸本屋を贔屓とする客の目にも止まり、なおも大きな評判をとることになる。 実際のところ彦四郎は評判を取るために書き物をしている訳ではなかった。それでも自分の書いたものが人々の目に触れ、巷で様々な噂になることは大いに心躍らせることに違いはない。

「正本製」は「九編立物抄お染久松物語」を送り出したばかりで、国貞の画とも相まって歌舞伎好みの客をつかんでいた。次の編の構想もすでに立っていたが、平行して新しいものを書いてみるのも面白い。 彦四郎は与八には生返事を返しながらもそう考えていた。


「旦那様、今日は何かございましたの」

屋敷に戻った彦四郎は濡れ縁に腰を下ろして物思いにふけっていたらしい。気がつけば妻の香津子が茶を入れている。

「ああ、新しい書き物のことをちょっとな」

母が武士としての任務よりも下世話な書き物をする彦四郎を、かねてより叱咤し、いかがわしいものを見る目つきで見ていることは知っている。それでもこの香津子だけは彦四郎の書く物を「面白い!」と目を輝かせて読んでくれる。的を射た批評も聞かせてくれる。自分には過ぎた妻だと彦四郎は思っているのだ。


「まあ、正本製の次を考えておられるのですか。本当に、旦那様のおつむの中にはたくさんのお話しの抽斗があるのですね。わたくしも早く読んでみたい」

「話の抽斗か……香津子も面白いことを言う」


彦四郎は茶を一口飲んで、香津子に笑いかけた。  


彦四郎、高屋彦四郎知久は食録二百俵ではあるが、れきとした旗本である。十四の時に父である甚三郎が亡くなったため、ひとり息子の彦四郎が好むと好まざるとにかかわらずその跡を継ぐことになったのだ。 もともと武よりも文を好み早くから学究肌であったが、香津子と祝言を挙げた頃からその文才は大きく開花し、今では戯作者としての地位を確立していた。 一方で、武士としての評価は徹底して低く、河原役者をさん付けで呼ぶとは武士の風上にもおけぬやつ、ぬる湯を好むとは武士として情けない、彦四郎の刀は竹光か、と先輩同輩からは嘲られていた。 母のゑいはそんな彦四郎を歯がゆい思いで叱咤する。

「父上の顔に泥を塗るおつもりか」

「いや……決してそのようなつもりはございません」

「この高屋のお家はそなたの技量ひとつにかかっておるのですぞ。このようなことでは父上に申し訳も立ちませぬ」

そうは言っても……と彦四郎は腹の中で思う。この禄高は父上の代から引き継いだものではないか。父上とて決して武士ぜんとして生きられた訳ではなかろう。彦四郎は父の柳に風といった生き方が好きであった。自分はその父の血を受け継いでいると思う。

「母上、よく承知しております。重々心して勤めます」  

当然すべての旗本が充分な禄高の上に暮らしを立てていたのではなく、多くは子ども達に読み書きを教えたり、代書屋などしたりして生計を助けているのだ。戯作者であることもまた、その暮らしを助けていると考えてほしい。それを胸にしまって彦四郎は母に頭を下げる。 三女とはいえ将軍本家筋の家より嫁いできたゑいにとって、彦四郎にかける期待の大きさは容易に察しがつく。彦四郎はそのこともまた充分過ぎるほどわかってはいるのだ。


香津子の茶はするすると甘美さを伴って胃の腑に落ち付く。こんな穏やかな夜には香津子を娶った幸せを感じる。  

香津子は四十を迎えるはずだ。子は授からなかったが、姉の末子を養子に迎え、武士としての心得を充分教え込み、ひとかどの男に育て上げた。

六十七歳になろうというゑいは今ではこの孫に彦四郎に成し得なかった思いを託しているのであろう。近頃では彦四郎に対する叱責もその影をひそめている。 十四になった求馬はその祖母の期待に背かぬ利発さと、武道においても類まれな才を持って、まさに鳶が鷹であると口さがない同輩などは噂しているらしい。 わが身と比べて何とたくましいことかと、彦四郎は苦笑しながらも求馬を誇らしく思うのだった。


「新しい読み物もまた歌舞伎ものでございますか?」

「いや……まだすべては決まっておらんが、紫式部の源氏をもとに考えておる」

「あら、源氏ですか……美しい男の子が見られましょうか、楽しみですこと」


香津子は小さく笑いながら彦四郎を見る。幼女のような香津子の笑顔を彦四郎は心底可愛いと思うのだ。  


 家人が寝静まったあと、文机に向かうと彦四郎はゆるゆると戯作者の顔になる。筆を握り真新しい紙を前にすると、彦四郎は自分の中の武士である部分が霧のように形を無くして身体を抜け出すのを感じるのだ。そして妖術使いのように黒い衣を纏った柳亭種彦が姿を現す。 耳の奥で種彦が囁く。

小さい声に耳を澄ましていると、それは次々と意味のある言葉となって筆の先から溢れてくるのだ。表題は「偽源氏」と定めた。 「偽源氏か……ふうむ」 彦四郎はわずかに自分の頬が緩むのを感じる。 (大江戸の真中日本橋に近き式部小路というところにいとなまめきたる女あり、その名をお藤となんいえりける)(にせむらさきの今式部石屋の二階にこもりて田舎源氏を編む) それは姿も知らない紫式部をもじってのことではあるが、彦四郎の心は種彦からお藤へと変っていく。

お藤の目を通して繰り広げられるであろう壮大な絵巻の始まりである。彦四郎は真夜中ににんまりとほくそ笑む。彦四郎にとって物語の始まりの心躍る瞬間が何よりも至福の時であった。

「そうだ、田舎源氏の方がよいな、(偐紫田舎源氏)面白くなりそうだ」

光源氏に代わるのは足利光氏、足利義政と花桐との間に生まれ落ちた次男の君である。構想では光の君と呼ばれるこの男の子が光氏となり物語が広がるのだ。

この構想を彦四郎は決して源氏物語の偽物であるとは思わない。 (花の都の室町に花を飾りし一構、花の御所とて時めきつ、旭の登る勢いに……) 初編の書き出しをひといきにしたためながら、彦四郎はこれが源氏とはまったく異なる読み物であることを知らしめたいと、握る筆に力を込めた。


「父上、本日は登城の日でございます。母上がそろそろお支度をと申されております」


せっかく眠りに落ちたばかりだというのに、求馬の武士ぜんとした声がそれを破る。 子どもらしくないと彦四郎は思う。

そういうといつも香津子は「あら、求馬はもう子どもではありませんわ」とふわりと言うのだ。

寝起きは悪い方ではない。だが明け方まで筆を離せず、ほんの少し微睡んだだけで起こされたのだから、彦四郎でなくても多少は機嫌を損ねるはずである。  

彦四郎にとって、朔日の登城ほど気の乗らない日はない。まず第一に人との関わり……特に武士としての付き合い下手な彦四郎にとって、この朔日の登城はさまざまな人間と交わらなければならない厄日のようなものである。 上役にはひたすら頭を下げておればこと足りることが多いのだが、やっかいなのは同輩である。

「お染久松でどれだけ懐にした?武士としてあるまじき事ではないか。おぬし武士としての矜持はないのか」

「こやつ、河原役者とまた何やら笑いながら言葉を交わしておった。言語道断じゃわ!」

など、ことあるごとに彦四郎の背にけんのある言葉を投げかける。

「笑えばへらへらしていると嘲られ、何も申さねば何様じゃと思うておるかと激怒される。はてさていったいどうすればよいものやら」

彦四郎は香津子にそう話したことがある。香津子はそのときも少し笑いながら、

「そのように考えられることはございません。言いたい者には言わせておかれればよろしいではありませんか。柳に風でございますよ、旦那様」という。  


 髪結いの正次がすでに庭に向かう縁で支度を済ませていた。


「彦の旦那、今朝はやけにゆっくりでございやすね」


正次は彦四郎をそう呼ぶ。並の武士なら言語道断と切り捨てられかねないが、彦四郎自身が正次に「彦さん」と呼ぶように伝えたのだ。 馴染みの役者も同様で、大店でも棒手振でも隔てなく接するのが彦四郎らしい所である。

それがまた同輩には面白くないところでもあるのだ。

「ああ、昨夜はいろいろと思うところがあって寝そびれてな。さっさとやってくんな」

「かしこまりやした。それにしても若は近頃めっぽう大人びて、旦那も奥様もお楽しみでやすね」

「正もそう思うかい?まったくこちとら親の威厳なぞありゃしねえよ。どうしてあんなしゃちほこばった野郎になっちまったのか…」


正次はあははと笑い、元結のはしを咥え指に力をいれ締め付ける。

「もうすぐ若も元服じゃあありやせんか、いつまでも子どもと思っているのは親ばかりってことでさあね」  


頭がすっきり整うと、さすがの彦四郎も自分が武士であるということを認めざるをえなくなる。 お上から扶持を貰っている身の上であることの、これが当然の義務であると腹をくくる以外はないのだ。 身支度を整えて席につくと求馬が膳を運んでくる。大方の男の子がそうであるように、求馬もまた食べても食べてもまだ足らぬのかと香津子が言うほど大食である。


「父上、今日の朝餉は魚がまるまる一尾ついております。毎日が朔日ならよいのに」


席につくやいなやそう言って目を輝かす。彦四郎は苦笑しながらも、こういう求馬が我が子らしくて良いと思う。 香津子は

「これ!何を申されます。お父様にご挨拶が先でございましょう」

とたしなめているが、あと数年の内に自分はこの求馬に家督を譲り隠居となるだろう。 その方が高屋の家も安泰であると世間の評判を聞かぬとも彦四郎自身が一番解っていた。 隠居となり、今まで以上に物書きに身を入れたいというのが正直なところでもある。


「母上はどうなされた?」


いつもはとうに席に着いているはずのゑいの姿がまだない。


「今朝はどうもご気分がすぐれないと申されて、まだ臥せっておいでです」


ゑいは気は強いが高齢である。最近年齢的な衰えが身体のあちらこちらに出るらしく、彦四郎は何かと気にはしているのだ。


「さようか……必要なら玄沢殿を呼びに行かせるとよい」


出掛ける前にゑいに声をかけてみる。

ゑいの「大丈夫です。きちんとお勤めをはたされますように」といつもと変わらぬ張りのある声に苦笑しながら彦四郎は城へ向かった。


「おい、正本製ではかなりの名を上げておるではないか、種彦などと酔狂な名を付けて…武士にあるまじきことと思わぬのか」


さっそく同輩の田処要が彦四郎の顔を見るなり寄って来ていう。


「まあ、一子でありながら彦四郎などという名を頂戴したのだ。種彦の方が似合いではあるがな」


彦四郎はさすがに要を睨みつけた。


「なんだ、文句があるのか」


(旦那さま、柳に風でございますよ)香津子の声がしたようで、彦四郎は黙ってその目を逸らせた。 彦四郎の父は高屋甚三郎知義で、彦四郎の名は自分より多く幸ある一生を送るようにと、父が喜び勇んで付けた名であると母から聞いていた。

日頃からさしたるお勤めをしている訳ではない、それでも一族郎党が何とか食べていけるのは、父が高屋の家を守ってくれたお陰だと彦四郎は思うのだ。

要は尚も何か言いたげだったが、彦四郎の顔色が変わったのを感じたのか黙ってその場を離れた。一堂に会した後は特別な所用もなく、城を後にする同輩に混じって彦四郎も屋敷に戻った。


「旦那様、お母様が……」 香津子が小走りに迎えて告げた。 「母上がいかがした」

ゑいは彦四郎が出かけた後、厠に行こうとして倒れ、今しがた医師の玄沢が帰ったところだと言う。


「それで、玄沢殿は何と?」

「お母様はすぐに気付かれ、今は眠っておられますが、決して無理はなさらぬようにと……恐ろしいご病気の前兆かもわからないと玄沢先生はおっしゃいます」


彦四郎は頷き、ゑいの部屋を訪れた。 「母上」と小さく声をかけ中に入ると、ゑいは眠っているようだった。しばらくその様子をみて部屋を出る。 武士の妻として一徹なまでの生き方を貫くゑいの顔に、抗えない老いを見てしまったようで彦四郎は少なからず落胆した。自分は母に対して何の恩も返していないのではないか、そんな思いがますます彦四郎を打ちのめす。


「お母様はまだ…」

「うむ、眠っておられる」

「大丈夫でございますよ。悪いように考えずとも、きっと大丈夫…お母様はお強い方ですから」


暗い気持ちは香津子も同じなのだろうが、務めて明るくしてくれるのがわかる。  翌日香津子のいうように、ゑいは朝から床を上げて身支度を整えていた。


「お母様、無理をなさってはいけません。今日一日はお休みにならなくては」

香津子が驚いて床を敷きなおし、休むように強く言ってもゑいは頑として受け付けない。


「大丈夫です。自分の身体は自分でわかります。いつまでも寝てなどおれません」

「でも、玄沢先生はしばらくゆっくりとお休みいただくようにと…」 「大丈夫だと言っているではありませんか」

そこへ彦四郎がやってきて、女二人の間に入る。

「母上、大丈夫ではありませんよ。香津子の言うことをお聞きください」

「貴方がたは、そんなに私を病人にしたいのですか」


臍を曲げると一歩も引かないのがゑいの性分ではある。これだけ気概があるなら本当に大丈夫だと彦四郎は安堵した。


「おばば様、もうお元気になられましたか」


求馬の声はゑいの目じりを急速に下げさせた。


「求馬…心配には及びませんよ、おばばはこの通りもう何ともありません」

「それは良かった。でもおばば様、けっして無理はだめですよ」

「ええ、ええ分かっております。無理などいたしませんよ」


ゑいは彦四郎と香津子へ向けた切先をおさめた。 彦四郎は小さくため息をつき、香津子はくすっと笑って朝餉の支度に取り掛かった。


 昼間はそれでもあれこれと所用に追われ、夜になると彦四郎は種彦となり筆を進める。 正本製は先が見えたとはいえ、「夕霧 伊左衛門・花咲綱五郎」を書き始めており、同時期に「偐紫田舎源氏」を刊行するにあたり、版元を仙鶴堂としたのには西村屋与八からの申し出であった。

与八とは酒を酌み交わす仲でこれには版元同士の駆け引きがあってのことと考えられた。  書き始めの翌年には「偐紫田舎源氏」は大変な評判を取った。ゑいは相変わらず苦々しい顔でそれを見ていたが、高屋の家が潤ったのは紛れもない事実である。

求馬は元服の年を迎え、ゑいは烏帽子親を立てることを彦四郎に強く申し渡したが、彦四郎はそれを固辞した。


「母上のお気持は分かりますが、求馬の元服はわれ等で祝ってやりましょう。もう昔のようなやり方は必要ないではありませんか」

「何を申されます。求馬はこれからどんどんと出世するのです。そのためにもそれ相当のお方に烏帽子親になっていただくのが筋というもの」


親と子で考え方がまったくくい違い歩み寄る気配もない。彦四郎はほとほと参ってしまった。 この時もこの問題を解決に導いてくれたのは求馬だった。


「おばば様、私は父上や母上そしておばば様に祝っていただければ、それが嬉しいです。高尾のお家は、必ずやお守りします。おじい様や父上の跡をしっかりと任せて頂けるように頑張ります。どうぞ父上の言われるようにしてくださいませ。お願いいたします」


求馬はゑいの前で頭を下げた。 ゑいはしばし呆然とし、そしてその後顔をくしゃくしゃにして求馬に歩み寄った。そして、


「求馬殿、何とご立派な。おばばは貴方を孫にできたことを誇りに思いますぞ」

と涙ながらに求馬を抱き寄せるのだった。


 求馬はその年の暮無事元服を済ませ、高尾彦三郎知秀と名を改めた。学問はもちろんの事、武芸にかけてもその腕を磨くことに余念がない。  

ゑいはこの孫が高屋の家をこれまで以上に盛り上げてくれることと確信したものか、その頃から彦四郎への叱咤はますます影をひそめていた。  

 時は文政から天保に移っており、「偐紫田舎源氏四、五編」そして「正本製最後の十二編」を出した天保二年には続けざまに戯作の依頼があり、彦四郎は毎晩寝る間を惜しむように書き物に没頭した。

「旦那様、お身体に障りませぬか。少しお休みになられなくては」

香津子は心配するが、彦四郎にとっては苦になることではなかった。田舎源氏は「空蝉・夕顔」に続く「若紫」を書き始めていた。  


 翌天保三年に五十を迎えた彦四郎は、それを機に息子に家督を譲り隠居した。求馬は十八になり自分には過ぎた跡継である。彦四郎に迷いは無かった。

継承後すぐに求馬は「小十人組」として頭角を現しはじめた。当然これは高屋の家を盛り上げるに充分なことであった。またそれだけでなく、その文武に長けた技量は皆からも認められ、上役からも一目置かれる存在にもなりつつあった。

高屋の家の安泰を確信した天保五年初春、ゑいは七十四年の生涯を終えた。 また翌年天保六年、求馬は小十人組頭として異例の抜擢を受けた。

求馬は二十一歳のこの年、大目付榊原忠之の計らいでその親戚筋より美恵を娶ったばかりだ。 美恵は少しばかり気は強いが、求馬にはそのくらいがちょうど良いと香津子は言う。


  田舎源氏の「葵」「賢木」と並行して「邯鄲諸国物語」を書き始めていた彦四郎だが、近頃ふと思うのだ。高尾の家にとって、自分は必要な人間だったのだろうかと。ゑいは死ぬまで自分を不甲斐ない息子だと歯がゆい思いでいたことだろう。

我が親一人を満足させられず何が戯作……時には筆がまったく進まなくなることもある。 だがこの戯作のおかげで高尾の家は何とか持ちこたえてきたのではないか。彦四郎は、朝から庭を眺めるでもなく縁側に座ってもの思いに耽っていた。


「暑さも終わりですね。芙蓉の花が美しいこと」

いつの間にかやってきた香津子が隣に座る。

「芙蓉か……」

おうむ返しの彦四郎に、香津子は

「またお話しを考えておられるのですか」と笑いながら茶を淹れてくれる。


「香津子、家移りするか……」

「あら、どちらにでしょう」


求馬が妻を娶ってから、彦四郎はそのことを考えていたのだ。美恵は彦四郎にも香津子にも心を配ってくれる。一緒に住むことに何も不満はない。

ただ彦四郎は高尾の家から一度離れたかったのだ。高尾彦四郎ではなく、戯作者柳亭種彦として物書きに専念したいというのが本音だった。

この屋敷にいるとゑいが自分を呆れて眺めているような気がするのだ。お前はいつまでそんな愚にもつかないことを続けるのか、高尾の家に傷をつけているのがわからないのか…… 情けないことだが、そう思う自分自身を彦四郎は憎んだ。

ゑいは出来た母であった。何事もお家のためと自分のことより高尾の家大事と考え生涯を送ったのだ。

そんな母が自分をどのように思っていたのか、釈然としないまま身罷った母への思いを時として彦四郎は持て余すのだ。

「堀田原の馬場近くに手ごろな所を見つけた。この屋敷からもさほど遠くはないが、俺が一人で移ってもよいのだ。書き物をする場所が欲しくなったのでな」

「まあ……旦那様が移られるのなら、私もご一緒にまいりますよ」


 その年のうちに堀田原に別宅を建てるための手筈が整い、翌年には彦四郎と香津子は屋敷を離れた。 求馬も美恵も二親の家移りには大反対でひと悶着あったのだが、最後には渋々とそれを受け入れたのだ。

堀田原の家は二人で住むには充分な広さで、移り住んでからの彦四郎はまるで付きものが落ちたように書き物に熱中し、田舎源氏は「須磨・明石・蓬生」と進み、合わせて「諸国物語」も軌道に乗っていた。

口さがない連中は堀田原の別宅を「偐紫楼」と呼び、高尾の隠居は呑気なものだと相変わらず彦四郎を嘲るが彦四郎はそれには柳に風を通している。


「なあ、香津子。俺のやり方は間違っていたのだろうか」

「月が綺麗ですよ」と呼ぶ香津子の声に縁側に出た彦四郎は、その美しい月を見上げながら言う。

「旦那様は何も間違っておられませんよ」 香津子は静かに答える。


「俺は侍が嫌いだった。高尾の家に生まれたことを心底疎ましいと思っていたのだ。そんな俺のことをさぞ母上はお恨みだったことだろうな」


香津子は驚いたように彦四郎を見て、「ふっ」と笑った。


「何だ、何がおかしい」

「お母様は……旦那様の読物をいつもたのしみにしておられましたの。それにいつだったか私に『彦四郎は侍の家に生まれたことを恨んでいるのでしょうね』とおっしゃったことがあるので」

「俺の書いた物を母上が読んでおられたと……?」

「はい、たのしみにされていました」

「そうか……」


ゑいが自分の書き物に目を向けていたとは、そして自分を叱責しながら自分の思いに心を寄せてくれていたとは……彦四郎は半ば愕然として美しい月を見上げていた。


 堀田原に移って三年目、求馬と美恵に第一子が誕生した。愛らしい女児で栄と名付けられた。曾祖母であるゑいの名を貰ったのである。名付け親は求馬だ。

「求馬らしい……」彦四郎は呆れたように言ったが、内心では求馬に頭を下げていた。そしてゑいがいたら、どんなに喜んだことかと心の底から思うのだった。

栄が二歳になる前に求馬と美恵は待望の男児を授かった。男児は主税と名付けられたが、これは彦四郎の幼少の頃の名である。


「求馬、この子が俺のようになったらどうする。他の名を考えろよ」 彦四郎は名を聞いたとたんにそう求馬に言った。

「父上に名付をお願いしたら、お前が付けろと仰るので美恵と考えた名前ですよ。主税…良い名です。私はこの子に父上のようになってもらいたいのです」

「なんと……?」

「私にとって父上は、決して超えることのできない目標です。美恵など父上の一番贔屓だと息巻いていますよ。大きな腹を抱えて市村座へ行くほどですからね。今は『播磨の巻』の続きを待っているようです。もちろん源氏も」


天保九年の末に、市村座では田舎源氏を原案とした『内裡模様源氏染』(ごしょもようげんじのえどぞめ)が演じられ好評を得ていた。これを美恵は観に行ったというのだ。 香津子は笑って頷いているので、それを知っているのだろう。


「いかん、いかん、俺は武士の落ちこぼれだ。俺のようになるだの言語道断じゃ」

「主税には父上のように文に長けた人間になってもらいたいのです。そして江戸の人々の役に立つ侍に……父上はご自分の力をご存知のはずですが」


彦四郎は言葉を飲み込んだ。 田舎源氏が市村座のみでなく、あちらこちらの小屋かけ芝居でも見よう見真似で演じられて、江戸の庶民の評判を取っていることは彦四郎も知っていた。田舎源氏はすでに自分を離れて一人歩きをしていた。

だが彦四郎は同時にこれがお上の不評に繋がっていることもうすうす感じてもいたのだ。 隠居の身ではあっても、やはり自分の背には高尾の家が大きく関わりを持ち圧し掛かっていることも分かっていた。 あえてそれは口にせずに彦四郎は言った


「求馬、おおいにかいかぶりだがその言葉は有難く受けよう。おい主税、早く大きくなって父上を助けてやれよ」


 その年天保12年から打ち出された水野忠邦による改革案は、江戸から一切の華美を排除せよというもので、庶民の娯楽はすべて制限されるに至った。

芝居小屋はもちろん役者や戯作者は処罰されると噂が広まり、柳亭種彦もまたその処罰対象者の一人であった。

天保13年、彦四郎は田舎源氏38編「藤袴」を書き終えた。 「旦那様、お疲れ様でした。お茶をお点てしましょうね」 香津子が縁に茶道具を運び整える。


「香津子の点前はひさしぶりじゃな……」 盆の月が美しい。

「俺も六十か、長く生きたものだ。それにしても何と良い一世だったことか」


香津子は茶を点てながら、黙って彦四郎の言葉を聞いている。


「栄も主税も、本当に良い子達ですよ。まだまだこれからでございますよ、旦那様」

「そうだな……爺も婆も、まだこれからか……」  


 それから一廻りもしない内に、お上からの文書が堀田原の別宅に届けられた。 (このまま戯作を続けるなら咎人となることと心得よ)との達しで、柳亭種彦の名を捨てるのであれば、お家にはお咎めなしということである。 簡単なことだ……自分は高屋彦四郎知久として余生を生きれば良いのだ。そうすれば求馬たちにも咎は及ばないだろう。 だが、江戸の人々のささやかな楽しみを何故取り上げなくてはいけないのか、どうしてもそれは承服しかねた。

「俺の書き物はすべて無にせよというのか……」  


 天保13年7月彦四郎は突然世を去った。 表向き高屋彦四郎知久は病死として届けられ、柳亭種彦はそのまま別の人間としてその名を残すにいたったのだ。

三年後、栄は五歳主税は三歳の秋を迎えていた。

水野退陣を受けて江戸にはまた少し賑わいが戻ってきた。


「さあ、お爺様にお線香を差し上げましょうね」


香津子に習って二人が小さな手を合わせる。


「これで良かったのでしょうかね」


求馬がぽつりと言う。香津子は頷く。 「これで良かったのですよ。お父様の思われる通り」


公には突然の病による死である。彦四郎は家人に遺言のひとつも残しはしなかった。 加津子が彦四郎の文机を片付けていると、短冊が一枚遺されていた。

『ちるものに定まる秋の柳かな 種彦 』

香津子はこの時だけ、声を上げて泣いた。 「旦那様、柳に風でございますね。香津子もじきお側に参りますよ、きっと待っていてくださいませね」

侍を嫌った彦四郎が最期に選んだのは、最も侍らしい死であった。香津子は求馬にもその辞世とも思える句を見せることはなかった。


「お父様は誰よりもご立派な武士でいらっしゃいました。そして誰よりもお上手な物書きでもいらした……でも私には……私たちにとっては、誰よりもやさしいお父様、やさしいお侍でした」

「やさしい侍……」


求馬も美恵も笑った。

「本当にそうですね、父上は誰にでもやさしい侍でしたね。私にも優しすぎるほどでした」


子ども達は庭で爪紅を摘んで遊んでいる。 (ほら、爪が赤く染まったよ。おばば様に見せておいで) 子どもの声に混じって彦四郎の声がしたようで、香津子は思わずその声の方を見た。


「あら……虹」 香津子の声に空を見た美恵が言う。

「まあ、お母様二重虹です…珍しいこと」


「おばば様!」栄と主税は赤く染まった爪を振りながら、香津子に向かって走ってくる。香津子は空に向って両手を大きく伸ばした。   了

 
 
 

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