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養生所覚書~花咲く頃~下
しばらくはいつものように書物に目を落としていたが、どうにも落ち着かない。床の間に目をやると紅椿が一輪控えめに活けられている。 決して華美ではないがそれがこの養生所の住人達の人となりを現しているようでもあった。そのことは確かに好もしい。それでもこれから自分は此処でどのような生...
sakae23
7月4日読了時間: 27分
養生所覚書~花咲く頃~上
利重の胸を塞がせていたのは心ない人々の口さがない噂であった。 だが、本当の胸の内を知るのは当の利重のみである。何と思われてもかまわない、噂通りであると叫びたい気分に襲われる。乱心だと言われればその方が気が楽なようにも思う。...
sakae23
7月4日読了時間: 25分
やさしい侍~二重虹~
与八はこれは絶対にあたると言う。「正本製(しょうほんじたて)」人気が少しばかり下火になったのを受けて次の長編について提案してきたのだ。 「先生、ひとつ考えちゃあもらえませんかね。必ず評判をとってみせますから」 酒の席でのことではあるが彦四郎は少なからず興味を持った。...
sakae23
7月3日読了時間: 21分
富士描く
「おやじさんにも困ったもんだよ」 荷車に最後の荷を積み込んだお栄は、弟子の為一に向かってため息をついた。 もう何度目の屋移りだろう。五十回をゆうに超えているから数も思い出せない。片付けの出来ないのは親譲りと開き直るお栄だが、屋移りをする手間には何度やっても辟易する。...
sakae23
7月3日読了時間: 8分
養生所覚書~晦日の月~
流行り病がやっとひと段落ついた年の暮である。どういう訳か春先から原因のわからない病がまん延し、なかなか収まらないままで師走を迎えてしまったのだ。 流行り病は一旦罹ると年寄りなどひとたまりもなく、寝付いたその日の内にほとんどが死に至った。小さな子供は罹りにくいというのがひとつ...
sakae23
7月2日読了時間: 34分
おろく先生走る~萩の夜…二人いる~
おろく先生走る~萩の夜…二人いる~ 道斎が今戸町のおすがの所に通い始めて半年が経っていた。おすが…染哉が今戸町で三味線と唄を教えていることを、平蔵が教えてくれたのだ。 染哉は益田屋の後添いにはなっていなかったのだ。それにしても何故…道斎は初めておすがを訪ねたときのことを時々思い出す。 平蔵の教えてくれたその家は蓮窓寺の門前向かいにあり、大店の別宅にしては手狭ではあるが、小さな庭も設えてある趣きの良い一軒家だ。 少し気後れしながらその表戸の前で「いるかい」と声をかけた。少し後に表戸が開き染哉が顔を見せる。あれほど会いたいと思っていた染哉なのに、道斎はとっさに何を言えばよいのか言葉に詰まった。 「おや、旦那何か…」 道斎を見ても染哉は驚くそぶりもなく、冷ややかにそう言っただけだ。 「いや…その…ここで一中節を教えてくれると聞いたもので」 「一中節を、旦那がかい」 染哉はふっと唇の端を歪めたが、道斎を中に入れてくれた。 もちろん一中節は咄嗟に出たことで、道斎にはその心得もなければ習おうという気もなかったのだが。 あの日から道斎は染哉、いやおすがに一
sakae23
7月1日読了時間: 32分
おろく先生走る~月おぼろ~
「先生、土佐が上がりやした」 表戸を開けながら仁太が叫ぶ。 「おう!すぐ行くぜ、場所はどこでえ」 仁太の答えを待たずに道斎は走る。 「先生、立慶橋ですぜ」 後ろから仁太が追う。通りすがりの男と女が一瞬立ち止まりその姿をあきれ顔で見送った。 金杉水道町の六兵衛店から立慶橋までは少しある。仁太は何も走る事はないと思うのだ。だが道斎はいつも全力で走る。 飯沼道斎はれきとした旗本の出だが、飯沼の家は長兄の斗馬が跡目を継いでいる。次兄の嗣綱は武道に長け、格上旗本大久保家の養子となった。道斎は三男で三男の憂き目を嫌というほど思い知らされてきたのだ。道斎が医師の道を志したのは飯沼の家を出る為であり、道斎にすれば医師であろうが祈祷師であろうが飯沼の家から離れる為なら何でもよかったのである。そういう埒も無い理由で道綱という名を捨てて道斎は医師となったのだ。 立慶橋の上は遠巻きに人だかりがしており、骸には筵がかけてあった。 「先生ご足労をかけやす。こりゃ身投げですな……若い娘が酷えもんでえ」 平蔵が筵を捲ってみせる。仁太は思わず顔をそむけたが、道斎は反対に顔を近づ
sakae23
6月30日読了時間: 39分
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